官報記事 鉄道公安官 日本国有鉄道

 国鉄に鉄道公安官が誕生してから八年になる。国鉄を利用して旅行された方々には、どこかで必ずお眼に触れていることと思われるが、案外その本質について知らない方もあると思われるので、鉄道公安官はどういういきさつで生れたか、その職務権限はどうなのか、一般警察との関係はどうなのか、またどうして公安制度が必要なのか等について簡単に説明したい。

▽鉄道公安制度の発足

 犯罪は一つの社会現象である。終戦と同時に、長い間困苦欠乏の生活に疲弊の極にあつた国民は、敗戦から来た虚脱がついに心の支柱を失い、道義のたい廃となつて現われ、各種の犯罪行為や不法行為が日毎に発生し、当事の治安当局を奔命に疲れさせたことは今なおわれわれが記憶するところである。社会の縮図といわれている鉄道は、当然このような社会情勢の反映を受けて列車内の犯罪をはじめ、鉄道全般に対する各種の犯罪が数限りなく発生した。 鉄道公安制度は、このような戦後の大きな社会情勢が直接の動機となり、また他面鉄道自らが専門化した警備体制を持つことが、時勢に沿つた政策として必要であつたのである。 つまり国鉄は人と物とを輸送するという公共的な使命を双肩に背負つて戦争のため荒廃し切つた施設を駆使しながら、国家再建のため復興輸送に努力を傾注したのであるが、衣食住の苦しみから良識ある正道をふみ外したある一部の人たちが、輸送中の物資はもとより乗客の金品奪取を企てたり、あるいは車内の秩序を乱す等、欽道利用者に多大の不安を与えるとともに、鉄道自体にも莫大な損失を蒙らしめた。 このような情勢にあつたので、当時の運輸省は、従来の鉄道司法警察制度(大正十五年勅令第五二八号)「司法警察官吏及び可法警察官吏の職務を行うべき者の指定等に関する件」を、昭和二十一年七月勅令第三六〇号としてその一部を改正するときに、その指名範囲及び職務範囲の画期的拡充強化を計つて鉄道治安維持の万全を期した。 しかしながら、元来この鉄道司法警察の職務を行う者は、国有鉄道職員として本来の輸送業務の職務を有しており、兼務的に司法警察の職務を担う二つの任務を負わせられ、しかも鉄道本来の職務に忙殺され、その上司法警察の職務内容は特殊な専門的法律知識と経験とを要するものであるため、その実績は必らずしも芳しいものではなく、あたかも二兎を追う者一兎をも得ずというたとえにも等しい実情であつた。 そこで運輸省は、根本的に鉄道警備体制樹立を痛感して、ついにこの鉄道司法警察職務を行うものの員数の範囲内で、司法警察事務に精通したものを選抜し、専ら鉄道警備の職務に従事する者の職種を定め、昭和二十二年四月一日運輸省に鉄道公安事務局を設置して専従鉄道警備職員を育成、訓練、配置、統轄することとなつた。これがいわゆる鉄道公安官(正しくは鉄道公安職員)誕生の第一歩であつたのである。

▽その職務内容と権限

 発足の動機がこのように戦後社会現象の現われとして、鉄道内における無秩序に対し、当然に治安当局にその取締方を依存しつつも、なお国鉄自らも自己の常造物とその利用者保護のため自衛警備の必要から生じたものである。したがつてその職務内容も当然鉄道防護に関する事項だけにとどめ、従来の鉄道関係法令に抵触しない範囲内で一般職員と区別し、鉄道公安職員だけに適用せられるものとして、まず昭和二十四年十一月八日総裁達策四六六号の形式で「鉄道公安職員基本規程」という職務規範を制定し、鉄道警備の職務に専念せしむることにしたが、その関係条例を示せば、第三条 鉄道公安職負は、次の職務を行う。(1) 施設及び車両の特殊警備(2) 旅客公衆の秩序維持(3) 運輸に係る不正行為の防止及び調査(4) 荷物事故の防止及び調査(5) その他犯罪の防止第四条 鉄道公安職員は、法令の定むるところにより、司法警察員又は司法巡査によって指名される。第五条 鉄道公安職員は、日本国有鉄道の防衛の任にあることを自覚して、常に鉄道財産の安全及び鉄道業務の円滑な遂行のために全力を尽し、これを侵害するものを進んで排除することに努めなければならない。第六条 鉄道公安職員は、旅客、荷主及び公衆の生命、身体及び財産の保護に任じ、その職務を行うに当つては、親切を旨とし、正義を守り、人権を尊び、円満な常識に従つて行動しなければならない。等々となつている。 またその職務遂行に際しての指揮系統も、国鉄の組織機構に基づく業務命令系統と同一にして第一線にある公安室長は、所属鉄道管理局長の指揮を受け、部下職員の職務について指揮監督することとしたが、この事は国鉄が有する営造物の管理権に基いて各地の鉄道管理局長その他、職場の長に対し、その所管内の鉄道施設物について管理義務を負わせ、その自衛警備の万全を期したにほかならない。 このようにして国鉄は自衛警備体制の措置を執つたが、その後鉄道地内における不法行為や犯罪は、国内の経済秩序が回復するに及んで、終戦直後の暴力的な犯罪、つまり暴行、傷害、恐喝、強奪、破壊、無札入場、無札乗車等、相手の確認が比較的容易な犯罪はようやく後退し、これにとつて代つて智能的な犯罪すなわち車票のスリ替、荷物の投下(進行中の列車から)貨物引換証、乗車券など有価証券の偽造、変造、信号、通信器の破壊、列車の運転機能妨害、スリ、置引等々、犯人確認の困難ないわゆる非現行犯へと、その犯罪様相は変つて来た。 このため従来の鉄道司法警察権(列車及び停車場における現行犯について捜査権を有する)だけではとても万全な鉄道治安の確保は不可能な状態となつた。

▽一般警察との関係

このような鉄道の実情に善良な一般国民が黙視する筈がなく、また国会でも真剣にこの鉄道治安問題をとり上げ、いろいろな角度から研究するところがあつたが、鉄道業務に精通した公安職員に、事物管轄と土地管轄とを制限して完全捜査権(鉄道犯罪に関する現行犯、非現行犯)を附与し、国民の鉄道を、国民に代つて、国民のために護らせるという趣旨から遂に昭和二十五年八月十日法律第二四一号「鉄道公安職員の職務に関する法律」を制定公布するところとなつた。 この法律は前に述べたように、鉄道公安職員が国鉄の自衛警備のために定めた基本規程に基づく職務執行をより効果的にするために、非現行犯をも含む犯罪捜査の権限を与えることが主たるねらいであつた。しかし、犯罪捜査権は広汎なものではなく、前述のように制限的なものであつて、しかもこの法律の制定により一般警察の鉄道地内における執行力を豪も制限したり排除する趣旨のものではなく、一般警察は鉄道地内で発生したすべての犯罪について当然に執行力を有するはもちろん、鉄道犯罪について公安官の管轄に属すべきものについても時と場合によつては、一般警察において主宰しても法律上は何等違法ではない。ただ、事と内容によつては、鉄道業務に疎遠な一般警察官よりも専門業務に精通している公安官をして扱わしめるのが、より効果的な場合のあることが期待されるのである。 従つてこの事あるを予め考慮して、法文に双方相協力して円滑に事案を処理すべき趣旨の法案を設けているので、現在鉄道公安と一般警察とが具体的な場合における措置方法として両者の間に共助の協定を結び、円滑に運営している実情である。 なお、公安職員が旦体的に犯罪を捜査する場合の準拠としては、同法第三条前段に「鉄道公安員の捜査に関しては、この法律に別段の定めがある場合を除く外、刑事訴訟法(昭和二十三年法律第一三一号)に規定する司法警察職員の捜査に関する規程を準用する」となつている。

▽立法措置後の効果

 以上の経過で理解せられるように、鉄道公安職員に対し、非現行犯についても捜査権を与え、鉄道犯罪を可及的に鎮圧し、業務の円滑を期する措置のものであつたが、果せるかな、次の数字が示すようにその効果は顕著なものがあつた。ただし、これは、法律第二四一号制定の昭和二十五年を中心に、その前後二、三年中発生した全鉄道犯罪のうち、特に刑法犯(鉄道保護中の荷、貨物の窃盗、悪質な鉄道妨害、スリ、置引等)だけを抽出したものである。

年度発生件数検挙件数
23年一四、〇九五件二、九六三件
24年二七、四六四件六、五六一件
25年四九、三三五件一一、三八三件
26年六六、四三九件一四、二五七件
27年六五、二九八件一四、八二三件
28年五九、〇四六件一四、六九二件
29年五六、二九〇件一二、五二七件

 このように逐年犯罪の発生件数が増加の一途を辿つており、これに対する犯人検挙率も数千内外の小数の公安職員で上昇を辿つていることを見ればいかに顕著な効果を齎らしているかが判るのである。将来、科学的捜査機能を完備するようになれば、在来の鉄道司法警察職員、すなわち勅令第三六〇号、現在では勅令に代る司法警察職員等指定応急措置法(昭和二十三年十二月九日法律第二三四号)に基づいて列車、停車場において本務の傍ら現行犯についてのみ捜査権がある国鉄の車掌、駅長、助役等と相俟つて百パーセントの検挙はさして難事ではないと思われる。×       × 以上で大体鉄道公安職員制度の沿革、その職務内容、権限、関係法規その他について述べたが、今後における本制度の必要性云々については種々意見のあるところである。 しかし、ただ単に、現下社会治安の客観的判断からのみこの制度を批評すべきではなく、できることなら、このような特殊整備制度のよつて来たる歴史的な事実、すなわち古くからわが国における森林、鉄道その他、公共性の業務の中に発達して来たこの特別司法警察制度の本質的な面、沿革的な面、効果的な面から推断して慎重に論ぜられるベきものと思う。もとより国民の安寧秩序を維持し、国の公安に寄与することが一般警察の職能であり、またその執行力に期待することは申すまでもない。 しかしながら、特定の行政または公共的事業の分野については、その本来の組織機構を通じ、自主的に司法警察事務を執行さすことも当該業務との有機性から見て、効果的なものであり、究極的には国家の公共利益に寄与している幾多の実例に着目すべきであろう。

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