両毛線 前橋駅(初代)


碑文
内藤分ステーション之記
明治十七年(一八八四)八月二十日上野-前橋間に鉄道が設置され、内藤分(現石倉町)に駅を設置「前橋ステーション」と称した。本県は全国有数の生糸の生産県であり、その輸送のため、日本で三番目の歴史的意義のある鉄道であった。当時さかんに生産された生糸を運ぶ「絹の道」の出発駅として前橋としては重要な停車場であった。明治の昔、近代文明の先端になってこの地に通称 内藤分ステーション(前橋ステーション)が前橋の表玄関として開設。 同十八年の乗降客は年間実に六九、一四七人。同二十一年に至っては年間二一七、二六〇人と驚く程の繁栄ぶりであった。栄に栄えた内藤分ステーションも後に利根川鉄橋が架けられ、数年にして姿を消したのである。忘れ去られようとする日本の由緒ある駅舎の地を後世に伝え建碑の記とする。
平成元年三月吉日 石倉史蹟愛好会 撰文

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